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サマータイム


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SUMMERTIME

夏になると不思議な風が吹いてくる。20数年ぶりにマッコイ・タイナー・トリオのジャズを聴いた。CDアルバム「サマータイム」(1988)を収納棚から探し出して、急に朝から聴きたくなったのだ。全8曲初めから聴いていった。とりわけアルバム2曲目のジョージ・ガーシュウィンの名曲『SUMMERTIME』に耳を傾けたくなったのだ。マッコイ・タイナーのピアノ演奏はアレンジが強いので、ベースからいきなりの有名旋律を流して来るあたりは、あらためて解説どおりの意表をつくものだった。名曲『SUMMERTIME』はガーシュウィンが1935年に作曲して以来、ありとあらゆる世界中のアーチストたちやジャズミュージシャンたちによって現在まで引き継がれているものだから、今更あれこれ言うべきものもないが、なぜか、急に珍しい風が吹いて、マッコイ・タイナーとビル・エヴァンスのアルバム『ワルツ・フォー・デビー』(1989)の2枚を棚から取り出した。朝食後8時半頃からオーディオのスタンバイをして、音量をやや小さめに絞って演奏を聴き始めた。

この日は平日だから、もちろんこの後には仕事が待っている。午前中からジャズ音楽を聴きながら商品出荷の仕事もするなんぞは、まったく贅沢とは思わないし、心やすらかにして優雅な職業をしているのかもしれない。暑い灼熱の夏を迎えて、北欧の美しい町並を思い浮かべながら、日々あくせくするのもいいのではなかろうか。名曲『SUMMERTIME』はもともと3幕9場のオペラ『ポーギーとベス』用にガーシュウィンが作曲したもので、その第1幕から歌われている。20世紀前半アメリカのサウスカロライナ州チャールストンのアフリカ系黒人居住地キャットフィッシュ・ロウが舞台で、ベスの姉クララが赤ん坊をあやしながら子守唄の『SUMMERTIME』を歌うのである。『ポーギーとベス』はヨーロッパのオペラとは一線を画して、特異な黒人社会を舞台としたオペラだ。麻薬密売人が現われたり、賭博に明け暮れるすさんだ低階層のなかで、喧嘩や殺害も横行してしまう暗い黒人社会が描かれている。そんななかにも20世紀のオペラ代表作品となっている所以は、ポーギーとベスの愛があふれた二重唱だったり、黒人霊歌や民族音楽を取り入れられながらも底流に包み込まれるガーシュウィンの音楽あってこそのようだ。

オペラ『ポーギーとベス』の原作者デュボース・ヘイワードは小説『ポーギー』を1925年に書き上げ、ガーシュウィン兄弟に作曲を託している。『SUMMERTIME』の作詞はデュボース・ヘイワード自身が書いており、この歌詞こそがオペラ『ポーギーとベス』の中核で、1930年代当時の貧しい黒人社会の希望の象徴ともなっている。あらためて私流に英文を勝手なニュアンスで捉えて詩的に翻訳してみた。字余りの日本語訳のため、日本語では歌えないから、子守唄のように歌うなら断然英語のニュアンスだろう。


SUMMERTIME
  作曲: George Gershwin
  作詞: DuBose Heyward
サマータイム
  作曲: ジョージ・ガーシュウィン
  作詞: デュボース・ヘイワード

Summertime,
And the livin' is easy
Fish are jumpin'
And the cotton is high

Your daddy's rich
And your mamma's good lookin'
So hush little baby
Don't you cry

One of these mornings
You're going to rise up singing
Then you'll spread your wings
And you'll take to the sky

But till that morning
There's a'nothing can harm you
With daddy and mamma standing by

Summertime,
And the livin' is easy
Fish are jumpin'
And the cotton is high

Your daddy's rich
And your mamma's good lookin'
So hush little baby
Don't you cry

夏になりゃあ
暮らしやすいさ
魚はピョンピョン跳ねるし
綿の木は伸びてフッカフカだし

あんたのパパはリッチになって
あんたのママはますますキレイになって
だから坊や、泣くのはおよし

いつか、ある朝
あなたは立ち上がって歌を歌うでしょう
翼を広げて、空に向かって

けれど、そんな朝を迎えるまでは
あなたの身に何事もなく
無事でいられるように、ずっと
パパもママもそばにいるからね

夏になったら
楽になるさ
魚はピョンピョン跳ねて
綿の木だって、たんまりさ

あんたのパパは金持ちだし
ママだってずっとずっと器量よしのまんまさ
だから坊や、泣いちゃいけないよ


(日本語訳 : 古川卓也)


黒人霊歌の定番曲の一つ『時には母のない子のように』は19世紀アメリカで生まれた伝統的な曲だが、元来この原曲を見事に謳い上げている一人にマヘリア・ジャクソンがいる。YouTube ではまるで赤ん坊を抱えながら揺りかごに座って子守唄を歌っているかのようだ。すばらしいの一言。ガーシュウィンの『サマータイム』はこの黒人霊歌『Summertime / Motherless Child』のカバー曲となるが、本来の歌詞すべてを翻訳してしまうと、子守唄の域を超えてしまうので、ガーシュウィンが子守唄でとどめているのもすばらしい。

「Summertime and I Feel Like a Motherless Child 」の名曲をこれまでいろんなアーチストがそれぞれの個性でカバーしているので、もっと紹介してみたいところだが、暑い夏の日に、どこからともなく不思議な風が吹いて来て、心を癒す名曲に触れてみるのも、時にはいいものだ。


マヘリア・ジャクソン  ”Summertime / Motherless Child”

(2017/07/18)

文・ 古川卓也

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